”「をちかた人に物まうす」とひとりごち給ふを、みずゐじんつい居て「かの白くさけるをなむ夕顏と申し侍る。花の名は人めきて、かうあやしき垣根になむ咲き侍りける」と申す。げにいと小家がちにむつかしげなるわたりのこのもかのも怪しう打ちよろぼひてむねむねしからぬ軒のつまなどにはひまつはれるを、「口をしの花のちぎりや、一房折りて參れ」との給へば、この押しあけたる門に入りて折る。さすがにざれたる遣戶口に黃なるすゞしの單袴長く着なしたる童のをかしげなる出で來てうちまねく。白き扇のいたうこがしたるを、「これに置きて參らせよ。枝もなさけなげなめるはなを」とて取らせたれば門あけて惟光の朝臣の出で來たるして奉らす。”
草の花は
”なでしこ、からのは更なり、やまとのもいとめでたし。をみなへし、ききやう、菊のところどころうつろひたる。かるかや、りんどうは枝さしなどもむつかしげなれど、こと花みな霜がれはてたるにいとはなやかなる色あひにてさし出でたるいとをかし。わざととりたてゝ人めかすべきにもあらぬさまなれど、かまつかの花らうたげなり。名ぞうたてげなる。かりのくる花ともじには書きたる。かに〈るイ〉ひの花色はこからねど藤の花にいとよく似て春と秋と咲くをかしげなり。つぼすみれ、すみれ同じやうの物ぞかし。おいていけばおしなどうし〈如元〉。しもつけの花、夕顏はあさがほに似て言ひつゞけたるもをかしかりぬべき花のすがたにて、にくきみのありさまこそいと口をしけれ。などてさはた生ひ出でけむ、ぬかづきなどいふものゝやうにだにあれかし。されど猶夕顏といふ名ばかりはをかし。”
” ”内が引用部